しがらみのない政治

2012年04月19日 (木)

端午の節句

 

5月の節句が近づいてきました。

 

 

我が家は2歳の息子がいますので、親戚から頂いた鯉のぼり、鎧兜、破魔矢を飾りました。


大変立派な物を贈られ、親戚の方々には感謝すると同時に息子をしっかりと育てていかなくては、と改めて思うところです。


結婚し、息子や家族が増えた時に、「自分の身体は自分だけのものではない」という表現がよく使われます。


親戚が私の息子を祝って贈り物をしてくれる、息子の身体は家族だけのものではなく親戚のもでもあるのかもしれません。


血縁というものは知人友人に比べ、やはり一線を画す本当に特殊な存在なのかな、など改めて考える機会になりました。

 

 

さて当の息子にとって鯉のぼり、杉ではありませんが14mの高さがあり豪快で壮観な出来なのですが、息子の反応は普通。

足元を歩くダンゴ虫の方が好きな様です。

空高過ぎてよくわからないのかな?。

 

喜ぶのは大人ばかり…hahaha

 

 

 

●端午の節句は風習?

 

端午の節句を祝う風習は平安時代からで、その由来はやはり中国。
そして現在は鯉のぼりや鎧兜を飾って祝う事が一般ですが、ここまで大掛りになってきたのはやはり戦後の事です。
鎧兜は元来武士の物ですし、そもそも一般の家庭に端午の節句にお金をかける余力はありませんでした。
江戸時代の終わり、明治時代の始まりと共に身分制度がなくなり、その後徐々に裕福な家庭を中心に取り入れられ、現在のかたちになったようです。

文明開化ですね。


文化は人々の生活の様式や水準を表す大枠の様な単語ですが、伝統・風習は有形無形にかかわらず特定されたもの、固有の様なものです。

時代と共にあっさりと消えていくものもあります。

 

杉の木を探しに山へ赴き【おもむき】、選定し切り出して父親自ら皮を剝き、そして竿として使うのがつい最近までの伝統でしたが、実際は簡素化され代替え品(鉄のポール等)が主流になってきています。

近所の幼馴染においても杉派とポール派に別れます。今がまさに端境期なのでしょう。

文明や文化の波に押され、時代と共に伝統や風習の中で使用される道具も変わっていきます。

 

しかしここまで一般的に浸透している端午の節句という風習・伝統のそれ自体は消えることはないでしょう。

「5月5日こどもの日」が休日にもなっていますしね。

 

一年に一回、節句として親が「息子のための日」だ、「息子を祝う日」だ、と認識すればそれで喜ばしい風習であり伝統だと私は思います。

 

 

 

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