しがらみのない政治

2015年03月30日 (月)

次男(2才)いじけてます

今朝、妻がちょっとだけ外出しましたので、その間子守をしていました。

次男(2才)がなかなか悪ガキになってきましたので、「こらっ」と叱ったらいじけて長時間悶絶していました。

横眼が何とも言えず・・・

次男が叱られていじけている様子が嬉しい長男もどうしたものかと・・・



2015年02月01日 (日)

雪が積もりました。

1月30日、雪が積もりましたね。

私は議会があったので朝から家にはいませんでした。

関内や臨海部では大した降雪ではなかったようですが、私の地元横浜市泉区ではそこそこ雪が積もりました。



長男(5)と次男(2)は朝から庭で雪遊びで楽しんでいたようです。

昨年は記録的大雪がありましたが、当時1才だった次男はまだ自立歩行をしていなかったので、今年の1月30日が雪遊びデビューとなりました。

いい笑顔です。

 

2014年10月11日 (土)

替え歌で長男爆笑

(※画像は以前旅行先で撮った物です)



久しぶりの子育て日記です。

長男次男共に今月10月が誕生日で、5歳と2歳になります。

今朝の小一時間の出来事。
今朝の事、長男が何気に口ずさんでいた歌


「山口さんちのツトム君~」

懐かしいですねこの歌!

質問してみたら幼稚園で歌っているそうです。

 

その場で私が替え歌を歌ってみたんですけど、

長男がお腹を抱えながら転げまわって笑っていました。

 

「横山さんちのコタロウ君~この頃スゴ~く変ね~♪」

 

皆さん是非トライしてみて下さい!

 

2014年06月20日 (金)

平常心を失う。

今月私は41才になります。41才が社会的に成熟している年齢なのかそれともまだまだ未熟な年齢なのか。

なかなかの難題です。

日頃からそんな難題に対して自問している私ですが、1才と4歳の息子がいます。

可愛いです。

 

 

前回の市政報告でとある事件について書きました。

日々小出しにされる捜査内容。
被告である父の供述。
その供述から当時の状況が明らかになってきます。


6月20日晴天、早朝にW-cup日本対ギリシャが行われた日。
本日も記事が出ました。

平常心を失わせる記事ですが、亡くなった幼児の切なさ無念さを知って、私の胸に刻むことが少しでも理玖君の供養につながると思って目を通します。


幼児期から外部との交流を遮断され、電気も通じていない空間。

自分の着替えどころかゴミが1メートルも積みあがっていた状態の密室。


理玖君にとって唯一の刺激はパパだけだったのでしょう。

理玖君にとって自分以外の人間の存在はパパだけだったのでしょう。

パパ以外は知らなかったのでしょう。

たまに姿を見せるそのパパに何を話し掛けてよいのか分からなかったのでしょう。

幼いなりに自問自答して導き出した言葉を恐る恐るパパに掛けた事でしょう。


ただただ理玖君、本当に可愛そうです。

多くの事件事故が発生し、犠牲になる方は沢山います。

虐待の事件もたくさん発生しています。


どれもこれも被害者にとっても被害者遺族にとっても理不尽なものばかりです。

しかし何故この事件に、一つの事件に対しここまで私の感情が入るのか。

二児の父として感情移入するというだけの事のなのか・・・


ただただ安らかに成仏してもらいたい、今となってはその一点を願うと共に、もし生まれ変われることがあったなら来世では人一倍幸せになってもらいたと願うばかりです。

≪記事≫

●毎日新聞1

●毎日新聞2

2013年01月24日 (木)

お食い初め(おくいぞめ)

昨年10月に生まれた次男が100日を迎えた。

長男の時と同様自宅にて「お食い初め」の儀式を家族で祝った。

次男は生後三か月、まだ首が座っていない。

顔の肉や皮も固まっていないので、座らせると画像の通りデレ~ンと顔の肉が垂れ下がり、いわゆるお多福顔になる。

今回関係のない長男はケーキが気になって仕方がなく、フライングで人差し指を突っ込んでしまったりと、全くもって聞かん坊。


■説明

個人差はあるが、新生児の生後100日頃に乳歯が生え始めるため、この時期に「一生涯、食べることに困らないように」との願いを込めて食事をする真似をさせる儀式である。

この儀式は、平安時代から行われてきたものである。

江戸時代には、生後120日経つと、飯や魚、5個の餅、吸い物、酒などの膳部(ぜんぶ:膳にのせて供する食物・料理)をそろえて幼児に食べさせる真似をした。

伝統的な形の「お食い初め」は、一汁三菜の「祝い膳(いわいぜん)」が用意される。

これには鯛など尾頭(おかしら)つきのおよび、赤飯・焚き物・香の物・紅白の餅のほか、吸う力が強くなるようにとの考えから吸い物(汁物)、歯が丈夫になるようにとの考えから歯固め石が供される。

「歯固め石」は古くからの習わしでは地元の神社の境内から授かるもので、儀式が終われば再び境内へ納める。

小石の代わりに固いクリの実を供する地域もある。


長男の同時期と比較すると次男は圧倒的に大きく、そしてこの子の特徴はとにかくよく笑う。キャッキャと笑います。


パパを追い越して190センチくらいまでいっちゃうかな?

2012年12月29日 (土)

厚くも厚し身長制限の壁

11月12月と徐々に師走が押し迫る中、12月も下旬に入り衆院選、そして横浜市議会と多忙を極めた。

それらも何とか終了し、先日長男と金沢区のシーパラへ出かけた。

2人っきりでシーパラへ赴くのは3回めにつき馴れたもんである。

因みに、一回目の時はトイレに間に合わずオモラシをしてしまった事がある。

初冬の寒い時期に着替えの用意を持って行かなかったため、ビショビショのまま帰宅。

 

さて、シーパラでの目当ては

水族館のヒトデ

 

長男はヒトデをこよなく愛している。

ヒトデのオモチャが全然販売されていない世の中で、私はある意味助かっています。

 

お約束の猫パーンチ!!

 

 

ピト

 

 

さて、シーパラ内には乗り物がそこそこ充実している。

今回息子は珍しく乗り物に乗りたがった。

タコの乗り物だ

いつもの長男はコインを入れて乗るアンパンマンや汽車の乗り物がお気に入りでブンブン乗るのだが、今回は遊園地ならではのライズ。

 

タコを目指してゲートに到着。

 

乗れず長男が泣きじゃくった。

 

身長制限110cmってヤツ。

息子は100cm弱

 

ゲート前で私に抱えられて泣きじゃくる息子の横を、ちょっとだけ大きな子供たちがスタスタと通りすぎて楽しそうに乗ってゆく。

目一杯腕を伸ばし掌を広げて泣きじゃくる姿、本当に可哀想だった。

身長制限など理解出来ない年齢。

本当に悔しかった事だろう。

長男はどれ程の理不尽を味わった事だろう。

 

私の口から発せられる

 

「コタロウは乗れないんだよぉ」

 

その部分だけしか理解できない息子

 

納得させる術のない自分も泣きたくなった正直。

 

耐え難い理不尽を味わった末、

太い何かがブツッと切れて、人生の全てが終わったかの様に地面に倒れ込む

ズボンもめくれ上がり、茫然自失の状態で空を見上げる息子。


小さな瞳から流れ落ちる涙は枯れ、空を見上げるその円らな二つの眼の先には何があったのだろう ・・・


本当に可哀想だった

 

 

その後メリーゴーランドに乗って

アイスクリーム食べて

ラーメン食べて

帰宅。

 

帰路は車中グッスリな長男でした(^^)

 

2012年10月23日 (火)

育児3年間

日曜に妻と二男が退院し、妻の実家に戻りました。

妻の実家と私の住まいと横浜市庁舎のトライアングルが続きます。

金沢区・泉区・中区といった位置関係になります。

 

母子ともに順調でなにより、妻のご両親には何から何まで本当にお世話になっています。

ありがとうございますm(__)m

 

さて長男、明日10月24日で3才になります。

本当に大きくなった。

次男が産まれるまでは赤ちゃんだと思っていたが実際に比べてみると全くもって赤ちゃんではない。

 

 

体重は11Kgと4kg

身長はご覧のとおり1m弱

 

生後3年間でこれほどまでの肉体的成長、劇的な変化を遂げる

 

 

長男

来年4月から近所の幼稚園に入園する

団体行動を開始する我が子のために覚えさせていかなければならない事がある

我慢を覚えさせたり片付けを覚えさせたり、と、いわゆる「躾」が絶対的に必要な時期である

いくら泣かれてもそこは私自身心を鬼にして何十分でも1時間でも言い聞かせる

親もまた我慢と根気が必要だ

 

この子たちが大人になって社会人になる時代はどんな世の中なのだろう。

我々団塊ジュニア世代が真剣に次の世代の事を考えていかなくてはなりません。

 

2012年10月20日 (土)

第2子誕生

10月16日午後6時35分に第2子が誕生しました。

 

3,632gの男子です。

 

当日の議会日程終了と翌日からの北海道2泊3日出張のど真ん中でした。

このタイミング、かなりの親孝行

(※↑ 画像は生後2時間)

家族が4人から5人になりました。

 

長男は2,900gと標準並みの体重でしたが、それに比べて約700g大きく生まれた次男、本当にがっちりしていて妻も私もビックリ

長男が産まれて1か月後くらいの容姿かな~っといった印象。

 

長男の時は触ると壊れそうな気がしてなかなか触れずらかった記憶があるが、今回はがっちりしているので最初から触れやすい。

「2人めだしがっちりしているから授乳もオシメも世話が楽に感じる」と妻も言っている。

(※↑ 画像は生後72時間)

 

未だ名無し小僧、超直毛で私譲りです。

 

因みに長男は今月24日で3才になります。

 

2人とも大きくな~れ

 

 

2012年04月19日 (木)

端午の節句

 

5月の節句が近づいてきました。

 

 

我が家は2歳の息子がいますので、親戚から頂いた鯉のぼり、鎧兜、破魔矢を飾りました。


大変立派な物を贈られ、親戚の方々には感謝すると同時に息子をしっかりと育てていかなくては、と改めて思うところです。


結婚し、息子や家族が増えた時に、「自分の身体は自分だけのものではない」という表現がよく使われます。


親戚が私の息子を祝って贈り物をしてくれる、息子の身体は家族だけのものではなく親戚のもでもあるのかもしれません。


血縁というものは知人友人に比べ、やはり一線を画す本当に特殊な存在なのかな、など改めて考える機会になりました。

 

 

さて当の息子にとって鯉のぼり、杉ではありませんが14mの高さがあり豪快で壮観な出来なのですが、息子の反応は普通。

足元を歩くダンゴ虫の方が好きな様です。

空高過ぎてよくわからないのかな?。

 

喜ぶのは大人ばかり…hahaha

 

 

 

●端午の節句は風習?

 

端午の節句を祝う風習は平安時代からで、その由来はやはり中国。
そして現在は鯉のぼりや鎧兜を飾って祝う事が一般ですが、ここまで大掛りになってきたのはやはり戦後の事です。
鎧兜は元来武士の物ですし、そもそも一般の家庭に端午の節句にお金をかける余力はありませんでした。
江戸時代の終わり、明治時代の始まりと共に身分制度がなくなり、その後徐々に裕福な家庭を中心に取り入れられ、現在のかたちになったようです。

文明開化ですね。


文化は人々の生活の様式や水準を表す大枠の様な単語ですが、伝統・風習は有形無形にかかわらず特定されたもの、固有の様なものです。

時代と共にあっさりと消えていくものもあります。

 

杉の木を探しに山へ赴き【おもむき】、選定し切り出して父親自ら皮を剝き、そして竿として使うのがつい最近までの伝統でしたが、実際は簡素化され代替え品(鉄のポール等)が主流になってきています。

近所の幼馴染においても杉派とポール派に別れます。今がまさに端境期なのでしょう。

文明や文化の波に押され、時代と共に伝統や風習の中で使用される道具も変わっていきます。

 

しかしここまで一般的に浸透している端午の節句という風習・伝統のそれ自体は消えることはないでしょう。

「5月5日こどもの日」が休日にもなっていますしね。

 

一年に一回、節句として親が「息子のための日」だ、「息子を祝う日」だ、と認識すればそれで喜ばしい風習であり伝統だと私は思います。

 

 

 

2012年03月11日 (日)

震災より一年

あれ程続いた新年会の文字がいつの間にかめくる手帳に姿を見せなくなった。

いつの間にか世間から年始気分は消え去り、そして2012年も既に70日が過ぎようとしている。

 

本日3月11日(日) 天気:晴れ

家族3人で出かけました。

 

完全プライベートでの休日は何日ぶり、何十日ぶりだろうか、、、と言いつつ、帰宅と同時に結局は事務所へ足を運びキーボードを弾いている。

 

昨年の大震災以降、「人と人との繋がり」という言葉に、日本中の多くの人が敏感になった。

多くの人が改めてその言葉の意味を考え、そして行動に移している。

そんな人たちと同じ発想からだろうか、今日は家族と一日過を過ごすことを選んだ自分。

 

 

 

 

2歳4ヵ月を過ぎた息子、ここ1、2週間でよく喋るようになった。

主語/述語や名詞/動詞をきれいに並べて喋る。

まだ知らない単語がたくさん存在している事は、息子の会話の節々から感じられるが、つい最近まで単語を一個二個並べ、相手に訴えかけていた頃を思うと懐かしい。

数日前の片言息子とは違う息子だと思うと本当に懐かしい。

家族と過ごし息子の成長を実感出来る今日に感謝。

これから帰宅して息子と風呂に入り、その後夕飯を食べます。

 

 

 

 

一年前の今日3月11日に発生した東日本大震災で犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

みんなの党 横浜市会議員 横山勇太朗

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